在りし日の三江線・片道8時間の旅(後編)―2017年 中国地方のローカル線を巡る旅・Part4

2日目 中編(2017/8/15)

(「在りし日の三江線・片道8時間の旅(前編)―2017年 中国地方のローカル線を巡る旅・Part3」の続き)

旅行2日目の行程:
5:10 三次駅 → 5:40 JR三江線(いまここ!) → 13:40 江津駅 → 14:30 浜田駅 → 14:40 広島行き高速バス → 17:00 広島駅 → JR芸備線 → 19:30 三次駅(泊)

※この旅行記は2019/1/2公開の旧版旅行記を基に再編集したものです。

在りし日の三江線・片道8時間の旅(後編)

三江線(宇都井~浜原)

天空の駅・宇都井駅を発車した列車の車内では、運転を見合わせていた浜原~江津の運転が再開したというアナウンスが入っていました。今回が最初で最後の三江線乗車のチャンスであった私にとっては一安心といったところでした。

しかしそのアナウンスには続きがありました。

それはこの先の浜原駅で約2時間運転を見合わせるという衝撃的な内容でした。

浜原駅

車内に動揺が広がる中、列車は定刻より約20分遅れの午前8時ちょうどに浜原駅に到着しました。

 

運転見合わせは前夜の大雨の影響でした。

川沿いの崖に沿って作られた三江線では大雨により土砂崩れや倒木が起こることがしばしばあり、過去に何度か長期運休を余儀なくされたこともあったほどです。

そこで運転を見合わせていた江津発の始発列車を時速15km、ママチャリ並みの低速で安全確認させながら浜原駅まで走らせることになった、とのことでした。

そして三江線は列車のすれ違いができない単線。そのため私が乗っている三次発の始発列車は江津発の始発列車がやって来るのを待つ形になってしまったのです。

私のこの後の計画にもかなり影響が出そうでしたが、逆に言えば浜原駅に2時間も居ることができる。そう考えた私は浜原駅の構内や周辺を散策することにしました。

列車が停泊する1番線ホームに降り立つと、先ほどまで降っていた雨は止んでいました。

浜原駅は2面2線を有する駅で、2番線ホームは1番線ホームよりも江津側に作られていました。

1番線ホームに面する浜原駅の駅舎の中↓

浜原駅は三江線の主要駅の一つで、三江線が全通する1975年以前は江津~浜原を結んでいた三江北線の終点でした。そのためある程度栄えているかなと思っていました。

しかし浜原駅の駅前には駅前通りとすら呼べないようなT字路と趣のある家々が並んでいるだけで、コンビニや商店といったものは見当たりませんでした。

駅舎の入口左手には三江線全通記念の石碑が建てられていました。

 

1975年8月31日、口羽~浜原の区間が開業し南北に分かれていた三江線の線路は一つにつながりました。

あれから42年、あと半年で廃止されてしまうことを思うとこの立派な石碑に対して空虚感のような感情を抱いてしまいました。

浜原駅 周辺の様子

駅を出てまっすぐ歩くと江の川にかかる赤色の橋梁へと差し掛かります。江の川は普段穏やかな川であるそうですが、昨日の大雨の影響か川は茶色く濁っていました。

浜原駅に戻り線路脇より江津方面を眺めると、少し遠くに踏切があるのが見えました。

そこまで歩いてみると踏切の先に鳥居があり、その奥に階段があるのが見えました。どうやら神社の参道のようです。

神社の名は桂根八幡宮。踏切を渡り長い階段を上るとその上には広い境内と古びた本殿らしき建物が目に入りました。

境内には誰も人がおらず、曇り空と相まって少し不気味でした。

しかし反対側に背を向けると、そこからは山に囲まれた浜原の小さな街並みが一望できました。

3時間40分の運転見合わせ@浜原駅

駅構内や駅周辺を30分ほど散策して列車内に戻ると、時速15 kmで浜原へと向かっていた江津発の始発列車が倒木を発見したというショッキングなアナウンスが流れました。

現在は倒木の撤去作業中とのことでしたが、これにより私の乗る列車がさらに遅れることは明白でした。

加えてこの後乗る予定の木次線も運転を見合わせていることが判明。そのため今回は木次線訪問を断念することにし、江津から先の行程について代替案を考えることにしました。

さて車内の様子はというと、列車内の座席に座ったままスマホをいじっているもの、乗り合わせたもの同士で雑談しているもの、駅舎内のベンチに座るものなど様々な過ごし方をしていました。

とは言え、ただでさえ早朝5時半発の片道4時間の長い旅路の中で、長時間の運転見合わせはどの人にとっても過酷な状況でだったと思います。しかもまだその旅路の半分に到達したところです。

私は木次線に変わる代替案を考えたり、車内ではずっと立ちっぱなしだったのでときどき駅舎内のベンチに腰掛けて休憩したりしていました。しかしながら朝4時20分に起床した上、ときどきベンチに座っているとはいえ既に4時間近く立ちっぱなしであったため、疲労は相当溜まっていました。

そして運転見合わせから約2時間。当初の発車予定時刻の午前10時を迎えました。

しかし倒木の撤去作業に時間がかかったため、江津からの列車の到着はさらに遅れるとのことでした。

そんな中、天候は急速に回復し晴れ間が見えるようになっていました。晴れてくると季節は真夏ということもあり、外は徐々に蒸し暑くなってきました。

いつ運転が再開するか分からない状況の中で、バスやタクシーによる代替輸送ができないか尋ねるもの、中には三江線を乗り通すことを断念して自腹でタクシーに乗ったものもいました。

運転再開

時刻は午前11時を過ぎ、運転を見合わせてから3時間が経過しました。ここまで長時間の運転見合わせを誰が想像したことでしょう。

しかしついにそのときはやってきました。

運転を見合わせてから実に約3時間35分経った午前11時35分頃、江津発三次行きの始発列車が定刻より約3時間50分遅れで浜原駅に到着しました。

入線した列車は2両編成で、こちらにも多くの乗客が乗り込んでいました。江津での運転見合わせ、時速15kmのノロノロ運転、2度に渡る倒木の撤去作業。おそらく浜原駅に足止めされ続けた私たちよりも過酷な旅路だったと思います。

三次行きの列車が出発し間もなく当列車も運転を再開するというアナウンスが流れると、列車内には拍手が巻き起こりました。

そして午前11時40分ごろ、実に約3時間40分の運転見合わせが解除となり、運転が再開されました。

そしてここから江津までの約2時間の旅が始まるのです。

三江線(浜原~石見川本)

浜原駅を出発すると進行方向右手に江の川の車窓が戻ってきました。

浜原を出発してから約35分、列車は主要駅の一つである石見川本駅に到着しました。この石見川本駅でもしばらく停車するとのことだったので駅構内を散策しました。

 

石見川本駅の駅舎は同じく主要駅である口羽駅や浜原駅と比べてしっかりとした造りになっていました。

石見川本駅に到着してからおよそ20分、列車は江津に向けて再び走り始めました。

三江線(石見川本~江津)

石見川本駅を出発した後も列車は江の川沿いにゆっくりと進んでいきます。この辺りになってくるとずっと似たような景色が続いており、正直なところ少し飽きてしまいました(笑)。加えてここまでの7時間近くほとんど立ちっぱなしだったので相当しんどかったです。

三次駅を出発してから約8時間、三江線の過酷な長旅も終わりを迎えようとしていました。

ふと車両後方の窓を覗いてみると、これまで通ってきた中国山地の山々の姿が見えました。こんな険しい山々をくぐり抜けたのだと思うと、つくづくこの三江線はすごい路線だったのだと感じました。

そして午後13時36分、列車はついに三江線の終点・江津に到着しました。三次駅を出発してから約8時間、定刻より約4時間遅れの到着でした。

大雨の影響で通常の約2倍、片道8時間の旅となった三江線走破の旅。その旅路は約3時間40分の運転見合わせなど今までにない過酷な旅となりました。

そして私が乗車してから約半年後の2018年4月1日、三江線は1930年の部分開業から88年の歴史に幕を下ろしたのです。


2日目の途中ですが、今回はここまでとなります。

この後、高速バスで広島駅に向かった私はJR芸備線を2日かけて乗り通すことになりましたが、続きは次回の記事に書きたいと思います。

 

続きは「JR芸備線 横断の旅―2017年 中国地方のローカル線を巡る旅・Part5」へ

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