北海道横断 & 網走・流氷観光―2013年 北海道一周の旅・Part3

3日目・4日目 (2013/2/28~3/1)

(「日本一の秘境駅・小幌へ―2013年 北海道一周の旅・Part2」の続き)

旅行3日目の行程:
11:30 札幌駅(いまここ!) →  15:50 釧路駅 → 17:23 川湯温泉駅(泊)

旅行4日目の行程:
10:30 川湯温泉駅 → 12:00 網走駅 → 12:30 流氷観光 → 14時過ぎ 網走駅(泊)

※この旅行記は2018/11/4公開の旧版旅行記および2018/11/23公開の旧版旅行記を基に再編集したものです。

北海道横断―「スーパーおおぞら」で札幌から釧路へ―

特急「スーパーおおぞら」で釧路へ

旅行3日目、11時過ぎにホテルをチェックアウトした私は札幌駅に向かいました。この日は湿原で有名な道東の都市・釧路に向け北海道を横断していきます。

札幌駅の構内で約30分ほど待機した私は、札幌駅11時51分発の特急「スーパーおおぞら5号」に乗り込みました。特急「スーパーおおぞら」は、札幌と釧路を千歳線、石勝線、根室本線経由で結ぶ特急列車です。

札幌駅を発車した特急「スーパーおおぞら5号」は南千歳駅から石勝線に入りました。石勝線は険しい山を開拓してできた路線ということもあり、車窓には山が迫り、葉が落ち冬枯れした多数の木々が見られました。

列車は新得駅から根室本線に入ると、車窓には広大な十勝平野が広がっていました。また途中の海沿いの区間では車窓から雄大な太平洋が広がっているなど、見どころのある列車でした。

そして列車は途中遅れもありましたが、おそらく定刻通り15時44分に釧路駅に到着しました。

釧網本線の旅

釧網本線の旅(釧路~川湯温泉)

釧路駅の1番線ホームに降りると、「SL冬の湿原号」と書かれた蒸気機関車の模型が、なぜか骨格と台車を残した状態で置いてあったのが目に入りました。

地下通路を通って2・3番線ホームに上がると、2番線にはすでに釧網本線・網走行きの普通列車が停まっていました。

車内に入ると中は想像以上に混んでいて、窓側の席は取れそうにありませんでした。

そして列車は15時50分に定刻通り釧路駅を発車しました。

最初は通路側の席に座っていたものの途中からは席を離れ車両後方の扉付近に立つことにしました。車窓からは大きく蛇行する釧路川、国道を爆走するシカ(笑)、沿線にたたずむタンチョウなど、冬の釧路湿原ならではの様々な光景を目の当たりにすることができました。

日が暮れた頃、列車は川湯温泉駅に到着しました。そしてこの日は川原湯温泉にある旅館で一夜を過ごしました。

川湯温泉駅

翌日の旅行4日目、川湯温泉の旅館を10時ごろに出た私は、近くの川湯温泉のバス停から川湯温泉駅に向かいました。

川湯温泉駅は、1936年製の昔ながらの木造駅舎が残っている駅で、「日本の名駅舎100選」に選ばれています。駅舎の中は木造で作られた広い待合室になっており、駅舎の横には足湯も設置されていました。

川湯温泉駅は2面2線のホームで、駅舎側の1番線にはおしゃれな装飾やオブジェが置かれていました。一方で向かいにある2番線は屋根もなく雪に埋もれていました。

釧網本線(川湯温泉~網走)

列車の発車時刻が近づいたのでホームに出てしばらく待つと、釧網本線の快速「しれとこ」(キハ54系)が入線してきました。”快速”といっても1両編成の列車で、その車内は前日ほどではありませんがそれなりに人は乗っていました。

川湯温泉駅を出発した列車は北東へと進みますが、その後途中の知床斜里を境にオホーツク海の海岸線に沿って北西へと進路を変えていきます。

オホーツク海に沿う区間のため、車窓から流氷が見えるのではと期待していました。しかし実際には車窓から海が見える区間はそこまで多くなく、波打ち際には流氷らしきものが見られたものの海全体は流氷に一面覆われているという感じでもありませんでした。

そしていつしか網走の街並みを進むようになったころ、列車は定刻より6分遅れの12:11に終点・網走に到着しました。

網走・流氷観光

流氷船で真冬のオホーツク海・流氷見物へ

網走駅に着いた私はダッシュでタクシー乗り場へと向かいました。流氷船の次の便が12:30発とただでさえギリギリだったのに、列車が定刻より6分遅れの12:11に到着したためにさらに余裕がなくなっていたのです。

タクシー乗車後約5分で流氷船乗り場に到着した私は、急いで流氷船のチケットを購入しました。そして12:30の便に何とか間に合わせることができました。

———

乗り場に通された私は流氷観光船「オーロラ2号」に乗り込みました。どうやら私が受付を通過する手前で、流氷観光船「オーロラ号」は満員ということで、2号のほうにまわされた模様でした。そのため、誰もいない船内に最初に乗り込むことになりました。

しかし「オーロラ号」が先に出発した後も、「オーロラ2号」のほうには乗客が乗ってきて、結局は同じくらいの混み具合となって出発しました。私は船内の窓際の席を確保していましたが、周辺の席はおそらく韓国か中国と思われる団体客が占めていました。

船が出発してしばらくは流氷がなかったため、普通の海上遊覧と同じような感じでした。席の目の前のモニターには、過去に撮られた写真が映し出されていて、そこには流氷に乗ったアザラシや鳥たちの画像が映し出されていました。

出発からしばらくして案内放送があり、2階のデッキに採取した流氷が展示されているということだったので見に行きました。

船内に戻りしばらくすると、船は流氷に到達しました。私は船内、屋上デッキ、1階デッキの3箇所から流氷を見物しましたが、個人的には1階デッキからの見るのが一番良かったと感じました。1階デッキでは、船によりバキバキという音を立てながら砕かれていく流氷を間近で見ることができ、その音と砕かれ押しのけられていく流氷の様子はなかなかの迫力でした。

船が流氷に到達してからおよそ20~30分後、流氷船が大きい流氷に阻まれて進めなくなったため、引き返すというアナウンスが流れました。船は元来た道を戻り流氷を後にし、乗り場まで戻りました。

網走駅

下船後は目の前のバス停から路線バスで網走駅前まで戻りました。

網走駅に戻ってきた私は大いに迷っていました。

最新の天気予報によると、網走は2日の午前は晴れているが、その後は急速に天候が悪化し、3日午後にかけて大荒れになるというものでした。この日は網走に泊まる予定でしたが、万が一2日午前から大荒れになってしまうと、4日の午前まで網走を出られない可能性がありました。

しかし迷いぬいた挙句、これから代わりのホテルを探したりするのが面倒だったのと、2日の午前は晴れているという天気予報を信じ、その日は網走に留まることにしました。荷物を駅前のホテルに預けた後、夕飯を買いに近くのスーパーまで向かい、その後ホテルにチェックインしました。

嵐の前夜

その日の19時ごろ、稚内方面の特急列車の運行取りやめにすることがJR北海道の公式サイトで発表されました。これにより日程の関係上、稚内訪問を完全にあきらめることとし、悲願だった宗谷岬への到達を叶えることができませんでした。

そして私は他の代替案を練ることとしました。ともかく翌日の午前中には網走監獄から脱走…ではなく網走市内から脱出しなければならなかったので、午前中に網走駅を出発する札幌行きの特急「オホーツク2号」か「オホーツク4号」に乗る必要がありました。「オホーツク2号」は旭川に10時台に到達できる列車でしたが、網走駅を6時23分に出発するため朝は早く起きないといけません。一方「オホーツク4号」は網走駅を午前9時台(おそらく)に出発のため朝は少しゆっくりできますが旭川に到達するのが13時台となるため、午後から荒れることを考えると多少のリスクはありました。しかし前日4時間半しか寝ておらず、加えて爆弾低気圧対策で気疲れもしていたため、遅めの「オホーツク4号」に乗るつもりでこの日は就寝しました。

 


今回の旅行記はここまでとなります。

翌日はついに爆弾低気圧がやってることになります。果たして無事に網走から脱出できたのか。私の旅行史にも残る印象深い1日になりましたが、続きは次回の記事に書きたいと思います。

 

続きは「吹雪吹く富良野線の旅―2013年 北海道一周の旅・Part4

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