4日目・前編1(2018年12月18日)
~日本最西端のローカル線・松浦鉄道の旅〈前編〉~
(「男一人で行く夜のハウステンボス〈後編〉―2018年 九州北部一周の旅・part17」の続き)
旅行4日目の行程:7:30 佐世保駅(いまここ!)→8:10 松浦鉄道(有田側)→10:00 平戸ミニ観光→12:30 松浦鉄道(佐世保側)→14:10 佐世保駅→15:00 JR大村線・長崎本線→18:00 長崎駅→19:00 夜の長崎観光(出島散策)→21:00 長崎駅(泊)
日本最西端の鉄道・松浦鉄道の旅〈前編〉
JR経由で有田駅へ
前日佐世保駅近くのホテルに宿泊した私は、朝7時半前に佐世保駅へとやって来ました。
- 佐世保駅 東口駅舎
佐世保駅の駅舎に入ろうとしたとき、こんな石碑を発見しました↓
- JRでは日本最西端の駅・佐世保駅の石碑
JRでは日本最西端の駅となるJR佐世保駅の石碑です。鉄道ファンでありながら見落とすところでした…。
他にはJR佐世保駅の駅スタンプがあるのも発見しました(下の写真2枚目)。
- JR佐世保駅 改札
- JR佐世保駅の駅スタンプ
まだまだ見落としているところがあったんだな…と思いながら1・2番線ホームへ向かうと、向かいの4番線にはグレーの特急列車(787系)が停車していました。
- JR佐世保駅 4番線に停車中の787系特急列車
- これから乗車する普通・肥前山口行きの列車
787系を生で見るのは初めてでした。生で見てもかっこいい列車だなと思いながら、私は2番線に停車中のJR佐世保線の普通・肥前山口行きの列車に乗り込みました。
そして7時34分、列車はJR佐世保駅を発車しました。目的地は「日本最西端の鉄道」である松浦鉄道・西九州線の起点駅である有田駅です。
松浦鉄道・西九州線
松浦鉄道・西九州線は、佐賀県西松浦郡有田町の有田駅から長崎県佐世保市の佐世保駅を結ぶ全長93.8kmの路線です。かつては国鉄(民営化前のJR)・JR九州の「松浦線」という路線で、国鉄末期に行われた赤字ローカル線廃止の波で1984年に一旦廃止が決まりました。しかし何とか廃止は免れることができ、JR九州発足から間もない1988年に長崎県などが出資する第三セクター「松浦鉄道」に転換され現在に至っています。
松浦鉄道・西九州線は長崎県北部の北松浦半島をぐるりと回る形で結んでおり、同じく有田と佐世保をつなぐJR佐世保線では20.6km(普通列車で約30分)であるのに対し、松浦鉄道・西九州線では93.8km(普通列車で約3時間)とかなりの遠回りになっています。
しかし北松浦半島の沿岸地域(有田、伊万里、松浦、平戸、佐世保など)を結ぶことから地域の足になっていると共に、那覇都市モノレールなどを除いた普通鉄道では「日本最西端の駅」である「たびら平戸口駅」を有していることから、松浦鉄道は「日本最西端の鉄道」としても知られています。
※なお松浦鉄道は旧・JR松浦線にあたる西九州線しか所有していないため、松浦鉄道・西九州線は一般的に単に「松浦鉄道」と呼ばれています(以下の文章でも「松浦鉄道」と表記します)。
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ちなみに今回の旅では佐世保側から乗車することもできましたが、何となく起点の有田側から乗車したかったので、手始めにJR佐世保線で佐世保駅から有田駅に移動することにしました。
有田駅
私を乗せたJR佐世保線の列車は、8時06分に有田駅に到着しました。
- 有田駅 駅名標。JR佐世保線と松浦鉄道で駅名標を共有している
- 有田駅のホームにあった花の絵
向かいには8時11分発の松浦鉄道の普通・伊万里行きの列車(1両編成)がすでに停車していました。
- 有田駅3番線に停車中の普通・伊万里行き
- 有田駅3番線に停車中の普通・伊万里行き
ドアはまだ閉まっていたので、私は真っ先に座席確保のため進行方向前側の乗車口で待機しました(上の1枚目の写真のスーツケースが置いてあるあたり)。しかし私以外には誰も並んでいなかったので不審に思ったところ、進行方向後ろ側のドアに列ができていました。どうやら進行方向後ろ側のドアから乗車するスタイルだったらしく、一人前側のドアに並んだ私は少し赤っ恥をかく羽目になりました(笑)。私は改めて後ろ側のドアにできていた列の最後尾に並びました。
- 有田駅3番線に停車中の普通・伊万里行き
- 有田駅3番線に停車中の普通・伊万里行き
- 有田駅3番線の奥に積まれた貨物用コンテナ
- 有田駅 松浦鉄道の時刻表
- 有田駅 JR佐世保線 肥前山口方面の時刻表
- 有田駅 駅構内の様子(右のホームは駅舎の建つ1番線ホーム)
列車の発車約3分前になってようやく列車のドアが開きました。私は海の見える可能性のある進行方向右側の席を確保しました。
- 松浦鉄道の車内の様子
ちなみに松浦鉄道の切符は前日に佐世保駅で購入した一日乗車券を使用しました↓
- 松浦鉄道 1日乗車券
- 松浦鉄道 1日乗車券
- 松浦鉄道 1日乗車券。日付欄はスクラッチくじと同じくコインで削るという珍しいタイプ
裏面の日付欄はスクラッチ宝くじなどで見られるようなコインで削る珍しいタイプで、自分で使用する日付を削っておいてそれを乗降時に乗務員・駅員に見せるスタイルでした。
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そして列車は定刻通り8時11分に有田駅を出発しました。ここから北松浦半島をぐるりと回る松浦鉄道93.8kmの旅が始まります。
松浦鉄道(有田~伊万里)
有田駅を出発して間もなく、車窓には山に囲まれたのどかな田園風景が広がっていました。
- 松浦鉄道から見る田園風景(有田~三代橋)
有田焼で有名な街・有田を出発して間もないのに田園風景が広がっていることに驚くと共に、松浦鉄道と言えば北松浦半島の沿岸を回る海沿いの路線のイメージが強かったので、山に囲まれた田園風景が見られること自体にも驚きました(確かに地図を見ると有田~伊万里は内陸部を走っています)。
列車は各駅に停車しながら山に囲まれたのどかな田園風景の中を進んでいきます。
- 蔵宿駅
- 青木駅 駅舎
- 青木駅 駅名標
- 松浦鉄道の車窓(大木~山谷)
そして有田駅を発車してから25分後の8時36分、列車は終点の伊万里駅に到着しました。
松浦鉄道 伊万里駅
伊万里駅は伊万里焼で有名な佐賀県・伊万里市の代表駅で、松浦鉄道とJR筑肥線の2路線が乗り入れています。JR筑肥線は福岡県福岡市の姪浜駅から延びている路線で、ここ伊万里駅が終端になっています。
松浦鉄道とJR筑肥線はかつては同じ国鉄の路線だったため、国鉄・松浦線が松浦鉄道に転換された後もしばらくはJR筑肥線と松浦鉄道で同じホームを使用していました。しかし伊万里駅周辺の再開発に伴い、2002年にJR筑肥線と松浦鉄道のホームは線路もろとも分断され、その間には新しい道路が作られました。
松浦鉄道 伊万里駅のホームは2面3線となっており、私が乗車していた列車は3番線に停車していました。
- ここまで乗車した伊万里行きの列車
- 松浦鉄道 伊万里駅 駅名標
- 松浦鉄道 伊万里駅 名所案内
- 松浦鉄道 伊万里駅 2・3番線ホーム
- 松浦鉄道 伊万里駅 3番線
そして列車の進行方向に向かって歩いていくと、1~3番線の線路全てに線路の終端を表す車止めがありました。
- 松浦鉄道 伊万里駅 3番線の車止め
- 松浦鉄道 伊万里駅 1・2番線の車止め
松浦鉄道の線路はここ伊万里駅でスイッチバック(進行方向が逆になる)構造になっているのです。これはかつて国鉄・松浦線の頃に、佐世保方面からの列車と有田方面からの列車の両方が福岡方面に向かうJR筑肥線に乗り入れる仕様となっていた名残だそうで、国鉄・松浦線が松浦鉄道に転換され、後にJRと線路が分断された後もスイッチバック構造のまま残されたそうです。
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さてここ伊万里駅で佐世保方面の列車に乗り換えます。
- 1番線に停車中の普通・佐世保行きの列車
- 松浦鉄道 伊万里駅の時刻表
- 列車内の停車駅案内
- 松浦鉄道 伊万里駅からの車窓。ビルなどが建ち並んでいる
松浦鉄道はここ伊万里駅で線路がスイッチバックになっているだけでなく、運転系統もここ伊万里駅で分断されています。そのため松浦鉄道を全線乗り通す路線は存在せず、必ずここ伊万里駅で乗り換える形になっています(伊万里駅での運転系統の分断は1992年から)。
そして8時42分、私を乗せた普通・佐世保行きの列車は定刻通り伊万里駅を発車しました。
松浦鉄道(伊万里~松浦)
伊万里駅を出発して間もなく、車窓からは早くも田園風景が広がっていました。
- 松浦鉄道の車窓(伊万里~東山代)
次の停車駅である東山代駅のホームには、おそらく小学生辺りが書いたであろう絵が飾られていました。
- 東山代駅 ホーム
後で調べてみたところ、これは「駅壁画」と呼ばれるものだそうで、「地域に密着した鉄道」を掲げる松浦鉄道が沿線の地元小学校に依頼して製作してもらったものです。こうした取り組みは各駅で行われており、2018年時点では松浦鉄道の所有する57駅のうち約2/3にあたる38駅で駅壁画が設置されています。
- 楠久駅 ホーム
- 鳴石駅 ホーム
列車は伊万里から2駅隣の里駅あたりから海沿い(厳密には伊万里湾沿い)を走るようになります。基本は車窓からは遠目に海が見える程度でしたが、一部区間では車窓から間近に海を見ることもできました。
- 松浦鉄道から見る伊万里湾(波瀬~浦ノ崎)
- 福島口駅 ホーム
- 福島口駅 駅名標
- 今福駅 ホーム
- 今福駅 駅名標
福島口駅を出ると列車は一旦海沿いを離れます。隣の今福駅を出発した列車は、やがて標高を一気に上げながら鷹島口駅に到着しました。
- 松浦鉄道の車窓(今福~鷹島口)
- 鷹島口駅 駅名標
鷹島口駅の前後では、車窓から眼下の街並みと松浦湾の景色が広がっていました。
- 松浦鉄道の車窓(鷹島口~前浜)
- 松浦鉄道の車窓(鷹島口~前浜)
そして列車は標高を下げながら徐々に海に近づいていき、松浦鉄道の中でおそらく一番の絶景区間に入ります。
- 松浦鉄道の車窓に広がる松浦湾(鷹島口~前浜)
目の前にはしばらくの間、青い海と空が広がっていました。聞こえるのは列車の音だけでどこか夢見心地にさせてくれるような絶景区間でした。
松浦駅
次の前浜駅を出た後は海から少し離れたところを走るようになります。
そして伊万里駅を出発してから約40分後の9時40分、列車は主要駅の一つである松浦駅に到着しました。
- 松浦駅 駅構内の様子
- 松浦駅 ホーム
- 松浦駅 ホーム
- 松浦駅 ホーム
松浦駅はその名の通り松浦鉄道の名前の由来となった松浦市の代表駅です。そして私がこの旅の初日に降り立った福岡空港で見た海と山の絶景ポスターの舞台でもありました。そのため途中下車したかったのですが、旅程の関係で泣く泣く断念しました(代わりに車内から何枚か写真を撮りました)。
松浦駅は2面3線を有しており、向かいには伊万里方面に向かう派手な黄色の列車が停車していました。
そして列車は1~2分停車した後、定刻通り松浦駅を後にしました。
松浦鉄道(松浦~たびら平戸口)
松浦駅を出発して間もなく、列車は松浦湾に注ぐ川を渡ります。
- 松浦鉄道の車窓(松浦~松浦発電所前)
- 松浦鉄道の車窓(松浦~松浦発電所前)
しばらくは海が遠目に見えていましたが、やがて車窓には発電所らしき大きい建物群が見えてきました。
- 松浦発電所(松浦~松浦発電所前)
- 松浦発電所 入口(松浦発電所前駅)
- 松浦発電所(松浦発電所前~御厨)
- 松浦鉄道の車窓(松浦発電所前~御厨)
見えてきたのは九州電力・松浦発電所とJ-POWER・松浦火力発電所。共に石炭火力の発電所で、かつては「東洋一の石炭火力」と謳われたこともあるそうです。
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列車はその後もローカル線らしい駅に停車していきます。
- 御厨駅。よく見てみると駅名標に書かれた左隣の駅名が古いままになっている
- 西木場駅 駅壁画
- 西木場駅 ホーム・駅名標
- 東田平駅
- 中田平駅
- 中田平駅
そして伊万里駅を出発してから約1時間後の9時45分頃、列車は日本最西端の駅である「たびら平戸口駅」に到着しました。
日本最西端の駅・たびら平戸口駅
「たびら平戸口」駅は長崎県平戸市にある駅で、先ほども書いた通り普通鉄道の中では日本最西端の駅になっています(※モノレールも含めると那覇都市モノレールの那覇空港駅が日本最西端)。たびら平戸口は駅の位置する「田平町」と北松浦半島の西側にある「平戸島」から命名されており、その名の通り平戸島の最寄駅になっています。
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たびら平戸口駅に到着すると、向かいのホームには伊万里行きの列車が停車していました。
- たびら平戸口駅 1番線に停車中の普通・伊万里行きの列車
- たびら平戸口駅 3番線に停車中の普通・佐世保行きの列車
- たびら平戸口 駅名標(2・3番線ホーム上)
- たびら平戸口駅 駅構内の様子
- たびら平戸口 構内踏切と2・3番線ホーム
- たびら平戸口 1番線に停車中の普通・伊万里行きの列車
降り立った2・3番線ホームから構内踏切を渡り1番線側にある改札に向かうと、そこには「ようこそ日本最西端の駅へ」と書かれた看板が堂々と掲げられていました。正直なところ、ここが日本最西端の駅と言われてもあまりピンとは来ませんでしたが、いずれにせよこれで普通鉄道の東西南北の最端駅のうち3駅は制覇したことになりました(残るは最南端・JR指宿枕崎線の西大山駅のみ)。
- たびら平戸口駅 改札。頭上には日本最西端の駅と書かれた看板が掲げられている
- たびら平戸口駅 改札横の駅名標。2・3番線ホームとはデザインが異なる
改札を抜けると、駅舎の中には鉄道ファンなら興味がそそられるものが併設されていました↓
- たびら平戸口駅の鉄道博物館
- たびら平戸口駅の鉄道博物館の展示物
この鉄道博物館は駅事務所の中に作られたもので、中には松浦鉄道のジオラマや、古い時刻表や路線図、記念切符やサボ(行先案内板)など様々な貴重な資料が展示されていました。
いまは時間があまりなかったため軽くしか見られませんでしたが、後で再び戻ってきたときにじっくりと見学させてもらいました。
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駅舎の外に出ると、駅前は小さなロータリーになっていました。
- 平戸口 駅舎入り口
- 平戸駅前の様子
- 平戸駅前の様子
駅前には日本最西端の駅の石碑が建っていたり、古い踏切が放置されたりしていました。
- 駅舎上部に書かれた日本最西端の駅の文字
- 日本最西端の駅の碑(駅舎右手・タクシー乗り場の奥側)
- 駅舎の脇に放置された古い踏切
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さて、たびら平戸口駅は先ほども書いた通り北松浦半島の西の海上に浮かぶ平戸島の最寄駅にもなっています。この平戸島、実は歴史の教科書にも出てくる有名な島で、戦国時代から江戸時代初期にかけてオランダやポルトガル、中国などとの南蛮貿易の拠点として栄えた島でした。
そこで今回の旅行では、松浦鉄道の沿線の中では最も有名な歴史スポットである平戸島を観光することにしていました。
平戸島へは「平戸口駅前バス停」からバスが出ているとの情報を得ていたので、駅舎の前にあったバス停に向かってみました。しかしそこに書いてあった時刻表を覗いてみると、乗る予定だったバスの時刻はおろかほとんど空白になっていました。
- 平戸口駅バス停の時刻表(右側)と平戸口駅前バス停の案内が書かれた看板
一瞬焦りましたが、その左側に看板があることに気づきました。これによると今いるバス停は「平戸口駅バス停」で、平戸島へと向かうバスは駅前から約2分歩いた国道沿いにある「平戸口駅前バス停」から出ているとのことでした。何だか紛らわしいですが、ともかく平戸島へと向かうバスに乗るにはここに向かう必要があるようでした。
そのため私はここで「たびら平戸口駅」を後にして「平戸口駅前バス停」へと向かいました。
- たびら平戸口駅 駅舎
4日目の途中ですが、今回の記事はここまでとなります。
この後はかつての南蛮貿易の中心地・平戸島へと向かい、レンタサイクルで約1時間半の平戸ミニ観光を敢行しますが、続きは次回の記事で書きたいと思います。
続きは「異国と歴史の街・平戸ミニ観光―2018年 九州北部一周の旅・Part19」へ
「2018年 九州北部一周の旅」のその他の記事はこちら、その他の旅行記はこちら
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