2018年 北海道一周の旅Ⅱ・Part6ー日本最東端の駅・東根室駅の悲劇

3日目・後編(2018年2月28日)
~日本最東端の駅・東根室駅の悲劇~

(「2018年 北海道一周の旅Ⅱ・Part5ー本土最東端の岬・納沙布岬へ」の続き)

日本最東端の駅・東根室駅へ

根室駅

納沙布岬のバス停を午前9時55分に発車したバスは、来た道を戻り午前10時40分頃に根室駅前ターミナルバス停に戻ってきました。

ここから向かうのは、日本最東端の駅・東根室駅です。

あれ、終点の根室駅が最東端の駅なんじゃないの?と思う人もいるかと思いますが、実は日本最東端の駅は一つ手前の東根室駅なのです。Google Mapなどの地図を見てもらえば分かりますが、東根室駅に着く少し手前辺りから進路を北寄りに変えており、東根室を出ると大きくカーブして西へと進路を変えてから終点の根室に到着していることが分かります。

そのため、根室駅は有人駅としては日本最東端なのですが、無人駅も含めた本当の日本最東端の駅は一つ手前の東根室駅なのです。

というわけで、根室駅から列車(快速「はなさき」釧路行き)に乗り一駅隣の日本最東端の駅・東根室へと向かいます。

日本最東端の駅・東根室駅

根室駅を午前11時ちょうどに発車した列車は3分後の午前11時3分に隣の東根室駅に到着しました。東根室駅に降り立ったのは私一人のみ。1両編成の列車は私を残して釧路方面へと去ってゆきました。

東根室駅に降り立って思ったのは、とても簡易的な作りの駅だなということです。駅には駅舎はおろか待合室すらなく、ホームは木の板でできていました。

また、日本最東端の駅というからには少し秘境っぽいところにあるのかなとも思いましたが、周囲には住宅が立ち並んでおり、ここが日本最東端の駅…という微妙な感じがしました。ちなみに、ホームからの眺めは良好です。

ホーム上には日本最東端の駅であることを示す柱が建てられていました。これを見ると、こんな住宅街の中ではあるけれどここが日本最東端の駅なのだなと思いました。

駅前の駐車スペースにも日本最東端の駅であることを示す柱が建てられていました。

さて、あの列車からこの東根室駅で降りたのは私一人だけでした。そのため、日本最東端の駅を独り占めすることができました。私は色々な場所から写真を撮ったり、駅の様子を目に焼き付けたりしました。

そして駅に降り立ってから約25分後、東根室駅を堪能しつくした私は東根室駅を後にしました。

東根室駅の悲劇&釧路への帰還

東根室駅の悲劇

さて、東根室駅を堪能しつくした私は駅前に延びる細い上り坂を上っていきます。

坂を上り切ると片側1車線の道路に出るのですが、そこにはバス停があります。バス停名は”東根室駅前”…ではなく「光洋中学校前」。ここからバス(根室交通の「公共循環線」)に乗ることで根室駅に戻ることができますが…

次のバスまでは約30分もあり、しかも周辺には時間をつぶせるような場所は何もありませんでした。だからといって、このバス停で30分も突っ立っているのは流石にしんどいと思いました。

そこで、東根室駅から根室駅まで歩くことにしたのです。事前の調べによると、東根室駅から根室駅までは徒歩で約25分の距離。バスの待ち時間とそんなに変わりません。

ということでスマホのマップを頼りに歩き始めたのですが、これが悲劇の序章になるとは思いもしませんでした…

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歩き始めてしばらくすると、思ったよりも遠いと感じました。そもそも徒歩25分というのは春や秋などの歩きやすい季節の前提で、冷静に考えると冬のような雪が積もって歩きにくい時期だともっとかかるはずです。加えてスノーブーツを履いているとはいえ、雪道を歩いているためか普段歩くときよりも体力を消耗しているように感じました。

とは言え、気が付けば既に15分近く歩いており、今さら引き返すわけにもいかない状態でした。

ちなみに、道中には花咲線の線路をまたぐ橋があったりします↓

この写真を撮った後も、私は雪に覆われた歩道を歩き続けました。

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そして疲れも溜まり始めていたころ、私はある細い路地を渡ろうとしていました。するとその路地から車がゆっくりと出てきました。車も私に気が付き停まったため、普通に行けば特に何の問題もなく路地を渡り切る…はずでした。

ところが車に気を取られたために、路地を渡る部分がアイスバーン(氷のような滑りやすい状態)になっていることに気付きませんでした。私は車の目の前で思いっきり転倒し、左半身を強打してしまいました。

私がまず考えたのは、このままだと車に引かれかねない、ということでした。なので慌てて起き上がり四つん這いのような状態で道路を渡り切り何とか引かれずに済みました。

しかしそれも束の間、左肩と左膝が強く痛みました。左半身を打ち左腕も含めて全体的に痛かったですが、その中でも左肩と左膝の関節周辺を特に痛めてしまったようです。

何とか立ち上がりますが、まともに歩ける状態ではありません。このままでは根室駅まで歩くことはできない―そう思った時に、転倒する約1分くらい前に根室交通のバス停を通過したのを思い出しました。

そこで、左足を引きずりながら約2分くらいかけてそのバス停に戻りました(もしバス停が近くになかったらどうなっていたのだろう…と思うとゾッとします)。そのバス停で軽い放心状態になりながら痛みをこらえて待つこと数分、根室駅へと向かう公住循環線のバスに乗り込みました。

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バスに乗り込んだ後も全く安心することはできませんでした。果たしてホテルのある釧路まで帰還できるのか、そのことが不安でした。

バスは昼の12時20分頃に根室駅前ターミナルバス停に到着しました。バスを降りた私は、そのまま根室駅の駅舎の中に入り、駅舎の中にあるベンチに腰掛けました。

すでに旅行気分は吹っ飛び、左膝と左肩は相変わらず痛みました。すでに転倒してから30分以上痛みが治まらない状態だったので、ネットでいろいろ調べてみました。

ネットで調べた限り、骨折はしていなさそう(骨折していたらおそらく転倒したその場で動けないはず)だったので一応は胸をなでおろしましたが、打撲している可能性はありました。その対策としては氷で冷やすとよいということでしたが、あいにく氷を持ち合わせていませんでした。

そこで、一か八か根室駅の駅員さんに事情を話して氷があるか聞いてみました。すると、保冷材なら1つだけあるとのことでしたので、それをありがたくいただき患部を冷やすことにしました。

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左膝と左肩を交互に冷やしながら痛みに耐えること約1時間、ようやく次の列車の改札が始まりました。

私は列車に乗り込み進行方向右側のボックスシートに倒れるように座り込みました。雪道を15分以上歩いたことによる疲労と転倒したことによるショックと痛みでかなり辛かったことを覚えています。

列車はそんな状態の私を乗せて13時33分に根室駅を発車しました。根室を後にする寂しさのようなものはなく、とりあえず何とか釧路までたどり着きたいという気持ちと、旅行を続けられるだろうかという不安で渦巻いていました。

釧路への帰還

さて根室から終点の釧路までは約2時間20分もかかります。その間も保冷剤で患部を冷やしていました。そんな疲れ切った状態でしたが、行きの列車でも見たシカの大群やローカル線らしい駅舎を見ていると、一瞬ですが痛みのことを忘れることができました。

そして根室駅を発車してから約2時間20分後の15時51分、保冷剤も大分ぬるくなったころに列車は終点の釧路に到着しました。

釧路への帰還後

旭町ショッピングセンターへ

列車を降りて駅を出た私は真っ先にホテルに戻りました。痛みの方は保冷材の効果で少し良くなっていましたがまだ痛んでいました。なのでもう少し冷やしたいところでしたが、あいにくホテルの部屋にも保冷剤などの冷やすものはありませんでした。そこで、一応歩けそうだったので、冷湿布を調達しに行くことにしました。

冷湿布を売ってるならドラッグストアかなと思いネットで調べてみると、駅から少し離れた旭町ショッピングセンターにあるとのことでした。バスで行けるとのことだったので、釧路駅の右手にある「釧路駅前ターミナル」に向かいました。

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釧路駅前ターミナルは3面4線、合計15ののりばから成る規模的には大型のバスターミナルでした。旭町ショッピングセンターの最寄りバス停「旭町SC」へと向かうバスは1系統しかなく、その系統の終点(というよりは折り返し地点)でした。案内所でバスのりばを聞いた私はその案内されたのりばに向かいバスが来るのを待ちます。

しばらく待つとバスがやってきました。それに乗り込んだ私は次の「旭町SC」バス停で下車しました。

旭町SCには色々と店が入っているようでしたが、印象に残っているのはドラッグストアとその横に建つ大手家電販売店「Y電機」でした。

ドラッグストアで無事に冷湿布を調達した私は、寒さ除けのために隣のY電機の建物内に入り、入り口付近でバスが来るのを待ちます。

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しばらくすると釧路駅前ターミナルに戻るバスがやってきました。私はそのバスに乗り込みました。

そして釧路駅前ターミナルに戻ってきました。

その後、駅前のコンビニで食料を調達した私はホテルに戻りました。そして湿布を貼った私は残りの時間をホテルで過ごしました。

嵐の前夜

こうしてある程度は歩ける状態まで回復したので、旅行は続行することにしました(とはいえ、ここから数日は左膝と左肩に湿布を貼っていましたが)。

しかしながら、旅行を続けるうえでもう一つの問題がいよいよ翌日に迫ってきました。それは、爆弾低気圧の襲来です。

天気予報によると、翌日3月1日の午後から徐々に荒れ始め、3月2日にかけ北海道を横断するというものでした。予定では、3月1日は網走まで出て3月2日に旭川へと向かう予定でしたが、このままだと網走でしばらく足止めを食らうことになりそうでした。

そして爆弾低気圧の規模はかなり大きいものになるとのことでした。その比較としてニュースで取り上げられたのは2013年3月2日に襲った爆弾低気圧。そう聞いた私は一瞬頭が真っ白になりました。なぜならその爆弾低気圧は、5年前の北海道一周の旅で襲ったあの忌まわしき爆弾低気圧だったからです。

5年前の旅行のときには日本最北端の地・宗谷岬への到達を断念し、代わりに訪れた美瑛駅でホワイトアウトを経験するなど、大幅な影響を受けました。それと同じ規模の爆弾低気圧がまた北海道一周の旅の最中に来るとは、もはや運命めいたものを感じてしまいました。

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この日はいろいろと衝撃の多い一日でした。はじめに花咲線の車窓のきれいさに衝撃を受け、納沙布岬では北方領土の近さに衝撃を受け、東根室からの帰りに雪道で転倒をして”体に”衝撃を受け、5年前の旅行と同規模の爆弾低気圧が翌日に来ることに衝撃を受けました。

そして、ここから旅行の予定は大幅に狂っていくことになるのです。5年前に稚内行きを断念させたときと同じ規模の爆弾低気圧の襲来。今回も稚内、そして悲願の宗谷岬到達を断念することになるのか―そんなことが頭に浮かぶ中、私は眠りにつくのでした。

 

続きは「2018年 北海道一周の旅Ⅱ・Part7ー私、刑務所に入ります~釧網本線と網走監獄~」へ

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